「100年をたどる日々
−鎌倉市図書館100周年記念誌を作る−」
それは遠い道のりの始まりでした。
鎌倉の図書館は、2011年に100年を迎えるのですが、
それまで一度も自分の歴史をまとめたことがありませんでした。
50周年の時も。
70周年の時も。
80周年の時も。
ですから、なにも材料がありません。
まさにゼロから手探りでスタートした、鎌倉市図書館100周年記念誌作り。
今までを振り返りつつ、途中からは現在進行形で、悪戦苦闘ぶりをお伝えします。
●2006(平成18)年11月某日−市民と一緒に作ろう!−
「市民と一緒に作ったら?」
100周年まであと5年となった2006年の秋。
「100周年を機に、鎌倉の図書館の歴史をまとめた記念誌を作ろうと思うのだけれど」
と質問していた図書館に、図書館協議会からそう回答が返ってきました。
「なるほど、それはいい。職員だけで作るよりきっといいものができるし、今まで市民
と一緒に『図書館史』を作った図書館なんてない」
当時のM館長はさっそくその方針で行くことに決めました。
●2007(平成19)年2月某日−人が来ない!−
「広報かまくら」に
「100周年記念事業準備委員会に参加していただけるボランティアを募集します」
と記事を出した図書館。「10人くらい来てくれるといいね」と話していたのですが、何と応募は8名…。
結局、市民の方8名、図書館職員(事務局)5人でスタートしました。
…予想より少ない人数でのスタート。大丈夫?
●2007(平成19)年3月某日 −大丈夫!−第1回「鎌倉市図書館100周年記念事業準備委員会」が開かれました。初顔合わせは緊張、緊張でしたが…。市民ボランティアさんは男性3名、女性5名でした。とりあえず、任期は2年。皆さん情熱とやる気にあふれた方々で、少ない人数を補って余りあるパワーと
図書館への愛をお持ちの方々!これならなんとかなりそう!と、事務局職員はひと安心。
●2007(平成19)年10月某日−本格始動−この日の会議で、準備委員会は、出版担当とイベント担当に分かれること
になりました。
「100周年記念誌」出版担当は、男性2名、女性3名、合わせて5名と、
事務局です。
●2007(平成19)年11月某日−資料を探せ!−本格始動となったわけですが、事務局も含めて、出版の素人がほとんど。
何から始めたらよいかということで、とにかくどんどん資料を探してチェックし、
鎌倉の図書館に関係のある事柄を見つけたら、共通のパソコンの表に
打ち込んで、後で日付順にソートして年表もどきを作りましょう、
ということになりました。またこの日、元鎌倉市図書館長である鹿児島達雄氏が「いつか100年史を作る
時のために」と、大切に段ボール箱に保存しておいた資料をみんなで開封。
昭和後半から平成時代にかけての資料がどっさり出てきました。「昭和の後半からはこれで大丈夫ね。」「古い資料を探さなきゃ」「大変そうね〜。」「とにかくがんばっていきましょう」
●2008(平成20)年4月某日−どんなスタイルの本にする?図書館は最初、市役所で印刷製本する、簡単な冊子を考えていたのですが、「どうせ作るなら、『鎌倉教育史』みたいな立派な本がいい!」「後世まで残るのだから、しっかりしたものを」との意見が大勢をしめ、嬉しい方向転換となりました。市民ボランティアさんが
ど〜んと図書館の背中を押してくれたのです。「読んで面白い本にしたいね」「写真もたくさん使って、ビジュアル的に」「簡単に読めるダイジェスト版も出したい。
これは市民の皆さんに広く見てもらうためのもの」「図書館の歴史だけじゃなく、鎌倉の町の歴史もわかるような、読みごたえのある」
ものにしたいね」夢はどんどん膨らみます。「じゃあ、私たちの希望としてはこんな感じで」タイトル:(仮)『鎌倉市図書館百年史』型:B5版で、ハードカバー。ページ数:500ページ!出版部数:300部でもでも、これで予算要求して大丈夫かな?事務局の図書館はちょっとどきどきです。
●2008(平成20)年6月〜−元職員にインタビュー図書館の元職員の皆さんに、昔の図書館の様子について聞き取り調査を
始めました。
元職員A氏:「私は古い図書館で昭和34年の6月から9月までアルバイトをして
いたんだけど、かまぼこ図書館の中には座間のキャンプからもらってきた洋書が
たくさん積み上げてあったなあ…」
元職員I氏:「昭和40年の採用です。古い図書館は閉架式で、入ってすぐ
下駄箱があって、鍵をもらって、靴を入れて、スリッパで入る。
入り口の右に窓口があって、番台のようなものがあって、職員が
午前と午後で交代してついていました」
元職員Y氏:「かまぼこ図書館は、中央図書館ができる時まではあったんですね。
本を出した後でつぶしちゃいました。プレハブですもの。移築はしていないね。
いま横須賀あたりに兵舎があるでしょう、ああいうののもっと古いやつでした」
●2009(平成21)年2月某日−不安いっぱい、心配いっぱい年表(もどき)ができました。本の章立て案もできました。でもまだ分からないことがたくさんあります。鎌倉に初めて図書館ができたのは、東郷慎十郎氏の寄付がもとでしたが、
そもそもその東郷氏がどんな人だったか分からない。また、関東大震災と、鎌倉市役所の火事(昭和34年)で失われてしまった資料が
たくさんあり、特に大正期の図書館の様子はよくわかりません。それに…「私たち素人だけで、本当に本が書けるのかしら」
「誰か専門家にアドバイザーとして加わってもらえないと無理」「ボランティアの人数を増やしたほうがいいのでは?」「本当にできるのかな?いったん始めると負けるとわかっていても…」「そんな気弱にならないで。破壊活動じゃないんだし(笑)」ボランティアさんを不安にしてしまっているのは、図書館の責任です。
何とかしなくてはなりません。
しかも皆さんの任期は、この3月でいったん終了なのです。
●2009(平成21)年3月某日−準備委員会終了−3月。市民ボランティアさんの2年の任期が終了です。
皆さん本当にどうもありがとうございました。
続けて4月から、「鎌倉市図書館100周年記念事業実行委員会」が
立ち上がります。100周年記念誌の作成も、これからが本番。いったい何人がボランティアを継続していただけるのでしょう?継続希望者が0人だったら、ここから先は図書館だけでやっていくことになります。
ここまでなんとも頼りなかった図書館事務局。本当にすみません。反省。心配。
どうか皆さん、継続していただけますように。祈る思いです。
ちなみに、ここで使われているかわいいイラストの数々は、
準備委員会でご活躍いただいたSさんの手書きイラストです♪==================================
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●2009(平成21)年4月9日−実行委員会発足!−
ついにこの日、鎌倉市図書館開館100周年記念事業実行委員会(長い!)
が発足しました。
今までイベント担当と記念誌担当に分かれていましたが、それも合体して
一つに。
残ってくださった市民委員さんは5名!
ありがとうございます!
図書館事務局も2名増えて、委員会は合計9名となりました。
これに専門委員さん2名も加わっていただいて、11名になる予定。
さあ、いざ、出陣!です。
●2009(平成21)年4月15日−プレイベントを始めよう!−
鎌倉の図書館が、来年100周年を迎えることを知らない市民がまだまだ
たくさんいらっしゃいます。
ここはひとつ、プレイベントを行ってPRです。
しかし、プレイベント予算は0円。さあどうする?!
ここで天の助けがありました。映写ボランティア団体「鎌倉視聴覚協会」さんと、
「りんどう」さんが、毎月交代で100周年PRを兼ねた映画会を開いてくださる
ことになったのです。
それから、月1回「鎌倉市図書館100周年記念瓦版」を作って配布する事に
しました。
(こちらのHPからバックナンバーが読めます)。
さらに生涯学習センターから発行されている『鎌倉萌』という冊子に、
図書館開館100周年関連記事を毎月載せてもらうことに決定。
盛り上がってきた、かな?
●2009(平成21)年5月某日−さて、100周年記念誌は−
今回の会議では、鎌倉市図書館の100年の仮年表が出来上がり、
誰がどこを書くか、という執筆分担を行いました。
今の鎌倉市中央図書館ができたのが1974(昭和49)年。
そこで二つに分けて、1974年以前を100周年実行委員会の委員が
書き、1974年以後を図書館の職員が書くことになりました。
…と、さらっと書いていますが、これからが本当に大変なところです。
ある委員いわく、
「どこから書き始めるか、それはもう苦しむしかないわね。
鎌倉らしい、図書館が出す本として、本の中の世界と図書館の歴史を
どうつないでいくか…」
●2009(平成21)年7月某日−助っ人参上!!−
素人ばかりの実行委員会に、とうとう強力な助っ人参上です!
専門委員として、神奈川県内の図書館事情に精通し、現在3つの大学で
図書館学の講師をなさっているI氏と、日本近代図書館史に造詣の深い
現役司書のO氏です。
「私たち市民で書けるかということがずっと引っかかっていて」
「書いたものがとんちんかんなものになるんじゃないかと心配で」
口々にそうおっしゃっていた市民委員さんも、専門家が目を通してくださる
ことになって、ひと安心といった表情です(もちろん事務局も)。
「これまでいろいろな図書館の記念誌を見てきましたが、市民と図書館で作る
というのは、あまり聞いたことのないユニークな試みですね。
難しさはあると思いますが、乗り越えて作れば素晴らしいものができると
思いますよ」
がんばります!
●2009(平成21)年8月某日−大恩人のご遺族にお手紙を−
東郷慎十郎氏といえば、鎌倉の図書館の生みの親という大恩人。
東郷氏の寄付があって、鎌倉の図書館は生まれたのでした。
しかし、氏についての資料はほとんどなく、どのような方だったのかは
今までずっと不明のまま。
「記念誌には、ぜひ深い感謝をこめて、慎十郎氏について記述したい」
市民委員さんの本当に根気強い調査の結果、慎十郎氏が福井県出身の方だ
ということがわかり、ゆかりのお寺を訪ねたところ、
ご遺族の方の連絡先がわかりました。
「もし差し支えなければ、慎十郎氏のことを少しでもお聞きしたい…」。
祈る思いでお手紙を差し上げることになりました。
●2009(平成21)年9月某日−市民委員さん大活躍!−
市民委員さん大活躍!!
東郷さんのご子孫の方から快諾をいただき、さっそくお孫さんにお話を
伺いに行き、慎十郎氏のお写真をいただくことが出来ました。
写真ではじめてお目にかかる慎十郎氏はまさに「明治の日本男児!」
かくしゃくとしたお姿です。(これ以後の図書館開館100周年PR展示に
欠かせないお写真となりました)。
一方で、戦後間もないころに鎌倉の図書館で働いていた方の奥様に会って、
お話を聞いてきてくださった市民委員さんも!
何という行動力!!
市民委員さんは、ボランティアですよ、皆さん!
図書館はなんだかもう申し訳なくて立つ瀬もありません。
そのうえ古い記録もほとんど残っていなくて…。
「鎌倉は、失礼だけど本当に資料が残ってないよね。貸出中心でやってきた
図書館の欠点かもしれない」
専門委員さんからのずばりの指摘に言葉もありません…。
●2009(平成21)年10月某日−厳しい予算編成−
市の財政状況が大変厳しくなってきました。
それに伴い、図書館の予算も削減。
100周年のために使えるお金も当初の予定通りにはいかなくなってきました。
当初は、
@本誌 ハードカバーで500ページくらいのもの。
Aビジュアルを重視した30ページ程度のグラフ版
B鎌倉の昔の風景が写っている絵葉書を集めた本
C販売用の古い絵葉書復刻セット
という4本立てを考えてきたのですが、これでは本誌すらハードカバー
500ページなどというものは無理かもしれない…ということになってきて
しまったのです。
図書館だけでやってきたことなら、財政状況が悪いからと、しゅんとして
あきらめてしまったかもしれません。
しかし、市民委員さんの情熱は衰えませんでした。
「本編だけにしてもいい。他のものはまたいつか作れるかもしれないが、
100年目にちゃんとした本を出そうというのが最初の願いだったはず」
「今きちんと本にしておかないと、資料は散逸する」
専門委員さんも後押ししてくださいました。
「鎌倉は今まで何も作っていないのだから、この際きちんと作った方がいい。
いくらお金がなくても、1冊くらいなら作れるでしょう?
特別の資料として置いておけるから。
せっかくの長い歴史が埋もれてなくなってしまうのを防ぐためにも、
冊子として作った方がいい」
先立つものがない中で、さてどうするか。
●2009(平成21)年11月某日−資料を探せ!探せ!−
予算です。
約300万が内定しました。
とりあえず来年度に、本誌とグラフ版を作成する事にしました。
一方で、戦後再開した直後の鎌倉市図書館の館長を務めたK氏の
ご遺族を訪ね、
参考資料を寄贈していただいたり、市役所の行政資料を確認したりと、
資料集めは続きます。
これを書いている私も、大正時代の新聞を調べることにしました。
大正時代の鎌倉図書館の資料はほとんど残っていないので、
「横浜貿易新報」(現神奈川新聞)の記事をチェックすることにしたのですが…
これがとっても時間がかかるのです!
資料館開館直後から、閉館ギリギリまで、お昼ごはんを10分で済ませて
後は休みなく新聞をめくり続けても、1日に10カ月から1年分を見るのが
やっと!
大正なら15年間だけだと甘く見ていました…;;;
結局年末ぎりぎりまで、休日全てを資料館通いに費やすことになりましたが、
市民委員さんが頑張ってくださっています。
私たちもこれくらいは頑張らないと!
●2009(平成21)年12月某日−原稿執筆スタート−
いよいよ百年史の原稿執筆スタートです。
鎌倉時代から戦前までと、戦後から昭和49年(現中央図書館開館)まで、
昭和49年以降と、大きく3部に分けて執筆することになりました。
中心になって執筆するのは、実行委員の中でも、
近代史資料室の先生(戦前まで)、
図書館史に詳しい市民委員さんのお一人(戦後から昭和49年まで)、
そして昭和49年以降は、各サービス担当の職員が分担して書きます。
第一次〆切は、シンデレラよろしく2月28日夜中の零時です!
●2010(平成22)年2月28日−〆切り当日−
ただ今、夜の9時です。
〆切まであと3時間。
まだ私は担当部分の原稿執筆が終わっていません…。
●2010(平成22)年3月某日−原稿執筆継続中−
〆切に間に合ったり間に合わなかったりしながら、
それでも何とか原稿が集まりました。
しかし、いざ文章を書き始めると疑問が次々と出てきます。
どうして、明治末年とはいえ、鎌倉にこんなに早く図書館ができたのか?
当時の神奈川県内の他の図書館とはどこが違ったのか?
そんな根本的なところから、
人名漢字は旧字体にするのか新字体にするのかという基本的なところまで…。
「鎌倉は東京の影響を受けたのかしら?」
「東京の文化人がたくさん鎌倉にも来ているから、直結で情報が
来ていたんでしょうか」
「寄贈していただいた本が本当に多い。図書館の建設自体も、
東郷さんや間島さんの寄付がもとだし」
「東郷さんや間島さんは、どうしてこんなに寄付してくれたのだろう?」
「東郷さんは福井の人でしょう?あそこは藩校もあったから、藩校のそばの
大きな家とか倉って本がいっぱいあったはずなのね」
「間島さんは息子さんを早く亡くされて、その学問の志を継いでほしいという
ような気持ちがあったのかなあと思ったりする」
考えをめぐらし、意見を交換しながら、原稿の書き足しと書き直しが続きます。
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●2010(平成22)年6月某日
−初めて記念誌を作る図書館の皆さんへー
先にも書きましたように、この記念誌は素人だけで作っています。
図書館もこんな分厚い本を出すのは初めてです。
そこでミスが発覚!
予算の費目を「印刷製本費」としてしまったので、
自分たちで完全原稿まで作らなくてはならなくなったのです。
つまり、原稿を書くだけでなく、編集やデザインまで全部自力でやらねばならない
ということで…。
これから記念誌を初めて作るよという図書館の皆さん!
予算の費目は「委託費」にしましょうね!
●2010(平成22)年8月某日 −五里霧中、試行錯誤ー
「原稿を読むと、付けくわえてほしいところもあるし、統一も取ってほしい」
「表はどのくらいのスペースをとるかとか、写真をどのくらいの大きさに
するかとかは、見栄えを見ないと調節できない」
「こういうふうにしか図書館史はつづれないのかしら。もっと易しく、
面白く出来ないかしら」
「目的と結果をちゃんと書いていないからあいまいになっている」
「読めば読むほど疑問が出てきた」
「文章が右往左往しています」
「全国や県内との比較がないと、鎌倉の図書館が見えてこないんですよね」
「総括として鎌倉の図書館の姿を描いた部分がほしい」
悪戦苦闘の日々が続きます。
●2010(平成22)年10月某日
−まだ続く、五里霧中、試行錯誤ー
「まだ原稿の修正をはじめたばかり。鋭意修正中です」
「私もまだ完成していません。行き詰っています」
「構成がしっくりいかなかったので見直しをしてください」
「書きたくなるけど、苦労話や感想はいらないんだよね」
まだまだ悪戦苦闘中ですが、最終〆切りは11月20日です。
ここで専門委員の先生から大胆なアドバイスが。
「これからの図書館についての部分だけど、職員が書いた原稿は
どうも無難にまとまりすぎている。
職員では書けないこともあるだろうし、限界もあるから、市民委員さんが
書いたらどう? Aさんを推薦するけど」
ますます斬新な図書館史になりそうな予感がしてきました。
●2010(平成22)年11月某日−波乱万丈ー
市民委員さんの手で新たに書かれた、これからの鎌倉の図書館についての
原稿で、実行委員会にひと波乱です。
「ここまで言っちゃっていいのかという部分が多々あります」
「違和感はないです。ただ図書館経営は微妙なところがあるので」
「市民と一緒に100年史を編んでいるのは、市民の立場を反映させると
いうのが目的で、最初の始まりだったはずでしょう」
「もっと柔らかい表現を使ったら?」
「市民の気持ちというのはとてもよくわかるけど、ちょっと言いすぎかな。
市民が出すなら、もっと、もっとと思うけど」
「もう少し客観的な記述にするべきでは」
「運動史みたいで、ちょっと違うのかなと。でも、私の図書館に対する気持ちと
同じだし、気持ちはよく分かります」
「言いきっちゃうのはちょっとまずい」
「認識のずれがあるなら話し合いをするのが100年史の意義だと思う」
締めの部分だけに、議論も白熱しました。
●2010(平成22)年12月某日 −そして入稿へー
原稿がなかなか完成せず、〆切りが後ろへずれて12月10日となりました。
しかし、ぎりぎりまで書き直しが続き、細かい部分が確定せず、
ドタバタが続いています。
見出しの作り方、字体、図や表の扱いや作り方、コラムの形式などなども、
今になってあわてて決めている状況です。
「こういう形でやるのは初めてなので、いろいろな事が起こっているのだと
思います」
「市民が一緒に書いたものという点は、全体が終わってから総括しましょう」
「資料としてちゃんと事実を載せることが何より大切」
職員と市民が一緒にやってみた。
そうしたら、こんなことがあったよ、あんなことがあったよ、と。
良い点も悪い点もみんなまとめて、鎌倉の図書館の100年史となるのでしょう。
印刷業者さんとの打ち合わせは〆切りの四日後。
入稿が終わっても、まだ5回の校正が待っています。
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●2011(平成23)年1月半ば 〜これは「校正」か?!〜ー
年が明けました。
12月半ばに印刷業者さんに原稿を手渡し、もうすぐ初校が戻ってきます。
しかし、3月31日の納品に間に合わせるため、まず、「印刷に出す」ことで精いっぱいだったので、
改めて見直すと、直さなければならない部分がたくさん見つかりました。
表や図の注釈を枠の中に入れるか、外に出すのか、あるいは写真に枠をつけるかつけないかと
いうような、体裁の不統一も目立ちます。
全員で原稿を見直し、赤を入れていくと、全てのページが真っ赤。
とても単純校正のレベルではありません…。
「印刷屋さんに泣いてもらうしかないね…」
●2011(平成23)年2月始め 〜自称「校正」の日々〜
戻ってきた初校のほぼ全ページを校正で真っ赤にして、「すみません、お願いします」と
平謝りして戻し、2校が送られてきました。
ところが、ようやく職員も委員も落ちついて全文を読む余裕ができ、腰を据えて見直し始めると
雨あられと訂正部分が見つかるようになりました。
「これはまずい」。
朝から晩まで、毎日集まって、1ページずつの見直しが始まりました。
「ここは書きなおしたい」「文章を差し替えたい」「この部分はばっさり削りたい」という希望も。
ページ数が変わってくるほどの改編の嵐です。
これはもはや「校正」=字句の修正でなく、「校閲」レベル。
「2校をこんなに直して、印刷屋さんは引き受けてくれるだろうか」
またもやほぼ全ページ真っ赤の2校を差し出すと、印刷屋さんは一瞬沈黙。
「すみません、本当にすみません!」
2校提出→3校戻りまで2日間の予定だったのですが、訂正個所のあまりの多さに
8日間かかると言われました。
それはそうですね…、はい、お願いします。
●2011(平成23)年2月半ば 〜戦線離脱?〜
これを書いている私、実は県立図書館で2週間の研修が始まりました。
予定ですと、もう3校が終わっている時分。
3校まで終わっていればもうほとんど校正個所もないだろう、と思って研修予定を
入れていたのですが、…実際はようやく2校が戻ってきたところです。
しかもまだまだ校正…というか訂正部分は山ほどありそうです。
心配になって研修3日目、電話を入れました。
「どうですか、大丈夫ですか?」
「今日研修終わったら図書館に寄って〜!!」
…やはり。
まだまだ逃れられそうにありません。

●2011(平成23)年2月の終わり 〜終わらない。〜
当初の校正予定回数は5回。
「でも、5回も校正することなんてないよね」
私たちもそう思っていましたし、印刷屋さんもそう思っていたはずです。
しかし、「校正」=明らかな字句の修正ではなく、本来印刷所に出す前に終わっているべき
文章内容の検討まではいってしまったために、3校が終わっても4校が終わっても
原稿は赤○ン先生のように真っ赤です。
「『鎌倉図書館百五十年史』を出す時は、絶対印刷までに内容の検討をしておこう!」
「著者校は初校までで切り上げるとかね。それ以上やると終わらないから」
「50年後じゃここにいる人はもう誰もいないけど」
「『裏百年史』を作って書いといた方がいいんじゃない?」
●2011(平成23)年3月初め 〜時間切れ校了〜
『鎌倉図書館百年史』は、平成22年度の事業なので、どうしても3月31日には
納品してもらわなくてはなりません。
予定より2週間も長く続いた校正も、ここで時間切れ終了。
最後まで真っ赤な原稿を平謝りして印刷屋さんに渡しました。
今度こそ本当に終わったぁ!と思いきや、
委員さんから電話が。
「間に合うようならもう一か所だけ直してほしい所があるんです!!」
「間に合うかどうかわかりませんけど印刷屋さんに電話してみます!!」
印刷屋さんにあわてて電話。
「あの〜、すみません、実はもう一か所だけ直してほしい所があるんですが…」
受話器の向こうで固まる印刷屋さんの姿が目に見えるようでした。
●2011(平成23)年3月31日 〜納品〜
『鎌倉図書館百年史』300部が、無事納品されました。
「まだのりが乾ききっていないので、しばらくこのまま置いておいてください」と、
いわれるほどのできたてほやほや。
「立派なものができたねえ」
「本当にお疲れ様でした」
皆が口々に労をねぎらってくれました。
400ページ以上のボリュームがずっしりと手に重く、何やら面映ゆい気持ちです。
委員さんにも早速メールしました。
「おかげさまで無事納品されました。本当にありがとうございました!」
…2006年から足掛け6年の苦労は、こうして何とか形になったのでした。
さて、これから図書館史を初めてまとめる皆様に、僭越ながらアドバイスを申し上げます。
@100年たつ前に、区切りとなる年に記録をまとめておくこと!
(100年分を一度にまとめるのは本当に大変なのでお勧めしません!)
A予算の費目は「委託費」に!
B準備は早めに!予定は前倒しで!
C原稿は、印刷に出す前に複数の人間で1ページずつ必ずチェック!
D著者校は初校までにとどめないと泥沼化します。
E誤字脱字、無いと思うな思えば負けよ! 数字、年号、誤字脱字は重点的に何度もチェック!
『鎌倉図書館百年史』は、非売品です。鎌倉市の図書館に貸出用があります。
市外、県外の方でご覧になりたい方は、お近くの公共図書館にご相談ください。
また、グラフ版『鎌倉市図書館100年のあゆみ』(16ページ)は、無料でお分けしています。
鎌倉市の図書館においでいただくか、お問い合わせください。
☆問合せ先 鎌倉市中央図書館 電話 0467−25−2611
また、100周年を記念して出版しました『絵葉書で見る鎌倉百景』(1500円)と、
復刻絵葉書『鎌倉玉手箱』(第1集〜第5集。バラでも購入できます。各300円)を販売しております。
どうぞよろしくお願いいたします。
絵葉書セット見本その1
絵葉書セット見本その2
ご愛読まことにありがとうございました。(文責:鎌倉市中央図書館 河合真帆)
